大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(ネ)1172号 判決

平成五年(ネ)第一一七二号事件控訴人・第一四三二号事件被控訴人

株式会社さくら銀行(以下「第一審被告」という。)

右代表者代表取締役

末松謙一

右訴訟代理人弁護士

太田恒久

石川清隆

石井妙子

深野和男

平成五年(ネ)第一一七二号事件被控訴人・第一四三二号事件控訴人

平野久子(以下「第一審原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

堤浩一郎

影山秀人

中村宏

古川武志

主文

一  第一審原告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告は、第一審原告に対し、金三三〇万円及びこれに対する昭和六二年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

四  この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審被告

1  原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

2  右部分について第一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審ともに第一審原告の負担とする。

4  仮執行免脱の宣言

二  第一審原告

1  原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、金四三〇八万九四一一円及び内金三八〇八万九四一一円に対する昭和六二年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(右は原判決認容額を含む金額である。)

3  訴訟費用は、第一、二審ともに第一審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の項に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  原判決三枚目表五行目の「が現われ(後記第三の二)、その手指・上肢等の症状について」を「を訴え(後記第三の二の2。なお、第一審原告は、右の各部位のうちでは左手の関節及び母指、右肘、左肩の関節及び筋肉の痛みを訴えることが多かったが、診療を受けた時期全般にわたってみれば、その範囲はこれにとどまらず、右手及び左肘についても痛みを訴えることがあった。)、診療の際のこれら手指・上肢等の症状について、昭和四六年三月頸腕障害の診断を受けたほか、」に改める。

二  同三枚目裏一一行目の冒頭に「1」を加え、同四枚目表四行目の「1」を「(一)」に、同裏八行目の「2」を「(二)」に、次行から同五枚目裏一行目にかけての「(一)(二)(三)(四)」をそれぞれ「(1)(2)(3)(4)」に改める。

三  同四枚目表三行目の「当否が」の次に「主要な」を加える。

四  同四枚目裏三行目の「得なかった」の次に「ばかりでなく、第一審被告は、労働基準法六一条に違反し、昭和四三年には二七二時間余、同四四年には三〇六時間余、同四五年には三〇七時間余もの残業をさせた上、第一審原告が医務室の整形外科を受診するようになった同年八月以降においても、何らの業務軽減措置を取ることなく、従前と同様の勤務に就かせた」を加える。

五  同五枚目裏一行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「 (三) なお、第一審被告は、本件損害賠償請求に対して消滅時効を援用するけれども、原審における約六年間にわたる審理において全く主張していなかった事項を控訴審において突如主張するのは、時機に後れた防禦方法というべきであり、民事訴訟法一三九条により却下されるべきである。

また、第一審原告が昭和四七年二月に社会保険中央総合病院において本間光正医師の診察を受けた後、同年四月ころ、同医師の所見に第一審原告の勤務実態等を総合して考慮した結果、三井銀行従業員組合との間の『頸肩腕障害者に対する救済措置実施に関する確認書』に基づく救済措置(以下『救済措置』という。)を適用することとし、そのころから昭和五七年三月までの基準内賃金及び昭和五五年冬季までの一時金については長期欠勤にもかかわらず欠勤控除をせずに全額を支給していたものであるところ、右救済措置には、民事訴訟を提起した場合にはこれを適用しない旨の規定が設けられていたため、救済措置の適用を受けている限り損害賠償請求訴訟を提起することは事実上困難な状態に置かれていた。したがって、被害者等が損害及び加害者を知りその者に対して損害賠償を請求することが可能となったときから時効期間が進行する旨定めた民法七二四条の法意に照らしても、本件の場合、救済措置の適用を受けている間は時効期間が進行せず、救済措置の適用が打ち切られた日の翌日から進行するものと解すべきである。

更に、第一審被告が救済措置の適用により第一審原告に対して一定の補償をしておきながら、他方、後に民事訴訟が提起されてから時効の主張をするのは信義則に反し、消滅時効を援用することは権利の濫用に当たるものというべきである。」

2 第一審被告は、右1(一)(二)の主張に対し次のとおり反論するほか、仮定抗弁として消滅時効を援用する。

(一)  第一審原告の業務は、主として上肢のみを過度に使用するような態様のものではなく、混合作業ともいうべきものである上、これを一人で遂行していたわけではなく、他の従業員と相互に手伝い合っていたものであり、かつ、第一審原告のみが特に過重な業務についていたわけではない。

そして、第一審原告が取り扱う株券及び債券等の形状・重量・枚数、作業態様、勤務時間等に照らせば、特に上肢に過大な負担を与えるような業務ではないばかりでなく、第一審原告が昭和四五年八月以降訴えていた痛みの部位に照らしても、その就いていた業務と当初の各症状ないし本件各疾病及び本件後遺障害等との間に因果関係はないというべきである。

次に、本件当時、第一審被告及び他の金融機関において第一審原告と同様の業務に従事して同じような症状を呈した者はいなかったし、日本橋支店は繁忙な就業場所ではなく、第一審原告の従事していた業務も特に過重というわけではなかったので、第一審被告には、結果発生についての予見可能性がなく、また、第一審原告の業務については他の従業員が助け合う組織運営を行うなどしており、第一審被告の人員配置に不適切とされる点はない上、昭和四〇年代の前半以降、業務と症状との因果関係にこだわることなく、その発症・増悪の未然防止を図る体制を作り上げ、医務室の医師の指示に基づき第一審原告に対して継続的な休務を許すなどしており、制度及び実際の両面において第一審原告に負担がかからないように十分な配慮をしており、安全配慮義務に違反するものではない。

(二)  第一審原告の主張する損害のうち、少なくとも昭和四六年六月ころに本店人事部に異動した後に生じた分(休業損害、当該期間に係る入通院慰謝料、後遺障害に伴う逸失利益及び慰謝料)は、安全配慮義務違反によって通常生ずべき損害とはいえず、その発生について予見可能性もないから、第一審被告の債務不履行と相当因果関係のある損害とは認められない。

(三)  仮に、第一審被告に安全配慮義務の違反による損害賠償義務があるとしても、債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、債務不履行及びこれによる損害のあったときから進行すると解すべきであるところ、少なくとも第一審原告が昭和四六年六月に本店人事部に異動するまでの間の債務不履行により生じた各症状に関する損害賠償請求権は、その時点から既に一〇年が経過しているので、消滅時効が完成している。

また、その後に生じた各症状ないし疾病に関する損害賠償請求に対しても、損害が生じた時点から一〇年間を経過したものについては、右と同様の理由により消滅時効が完成している。

そこで、第一審被告は、本訴において右消滅時効を援用する。

なお、第一審原告は、右の消滅時効の援用に対し、時機に後れた防禦方法であると主張するが、時効完成の有無を判断するについては当審において新たな証拠調べを必要とするものでなく、訴訟の完結を遅延せしめることはないから、右主張は失当である。

また、第一審原告は、第一審被告が救済措置を適用した旨主張するが、業務起因性の有無を問わず幅広く救済するとの趣旨の下にこれに準ずる措置を講じたものであって、救済措置そのものを適用したことはない。そして、右救済措置ないしこれに準ずる措置を取ったからといって、時効期間が進行しないとか、消滅時効を援用することが信義則に反し、権利濫用となる根拠は何ら存しない。」

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の原審及び当審の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  当裁判所は、第一審原告の本訴請求は、日本橋支店に在勤していた間に発生した各症状に関する第一審被告の債務不履行に基づき損害賠償金三三〇万円(慰謝料三〇〇万円及び弁護士費用三〇万円)並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきであると判断する。

その理由は、次のとおり加除、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の項に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決六枚目表五行目の「従事した」の次に、「。もっともその間、同四六年三月八日から同年五月末日までの間連続して欠勤した」を加える。

2  同六枚目表八行目の「数え」から同一一行目末尾までを「数える作業(株券については、用紙の縦横を揃えた上、なお、端株の株券の場合は左手でめくりながらそろばんを入れて)や、貸付係の支払伝票に基づき、一日約一〇〇枚(多いときには約六〇〇枚)の利付債券を左手で支えて右手で和ばさみを用いて一度に五、六枚重ねて切り離す作業や、また、これに付随して、金庫と自己の机との間を往復して、株券及び債券を手で運び、金庫の大扉を開閉してこれらを搬出入するなどの作業、その他各種書面の作成作業に従事していた(ただし、右の処理件数は、繁忙期とそうでない時期とで差異があった。)。」に改める。

3  同六枚目裏三行目から四行目にかけての「包帯をまいて手首の負担を軽減していたこともあった」を「包帯を右手首から拇指にかけてまいたり、また、左手で押捺したりして右手首の負担を軽減していたこともあった。右のような作業は、第一審原告が一人で遂行していたものではなく、証券係・保管係の他の従業員とともに行っていた(ただし、証印押捺事務を除く。)が、比較的経験の乏しい他の従業員よりも第一審原告の方に負担がかかる状況となっていた。」に改める。

4  同七枚目表一行目の「をするなどしていたが、昭和五六年一一月二日に出勤したのを最後に」を「し、その後同五六年一一月四日から再び長期欠勤を続けそのまま」に改める。

5  同八枚目表一行目の「整形外科を含む。」から同行目から同二行目にかけての「訴え」までを「(整形外科及び内科)で受診し、治療を受けたところ、その際の第一審原告の訴え及び医師の所見(内科等特に断らない項は整形外科)」に改める。

同三行目の末尾の次に「。頸椎過伸長及び右回旋の制限、項背筋緊張。」を加える。

同四、五、七行目の各末尾に「(内科)」を、同九行目及び同裏一行目の末尾に「(ただし、マッサージ担当者の所見)」をそれぞれ加える。

同裏二行目の「左手指」を「左小指」に改め、末尾の次に「。右肘関節周囲組織肥厚、左第五節指関節肥厚著明、僧帽筋緊張。」を加える。

同五行目の末尾の次に「。同部に軽度熱感、関節組織腫張。」を加える。

同九枚目裏一一行目の末尾の次に「咽頭発赤(内科)」を加える。

同一〇枚目表六行目を削り、同七行目の「同月」を「一二月」に改め、同一一行目の末尾の次に「(内科)」を加える。

同枚目裏一行目の末尾の次に「咳(内科)」を、同二行目の末尾の次に「鼻漏、くしゃみ、咽頭痛、(内科)。」を、同三行目の末尾の次に「(内科)」を、同四行目の末尾の次に「(近藤医師より)」をそれぞれ加える。

同五行目の「力がはいらない、」の次に「日常生活はそれ以外問題ない。」を、同九行目の末尾の次に「母指の関節部運動域制限、他の四指はほぼ正常域。」をそれぞれ加える。

6  同一〇枚目裏一一行目の「供述するが、」の次に「乙二三、二四によれば、第一審原告は、昭和四三年及び同四四年施行の健康診断においても、特にそのような痛みについて訴えた形跡はなく、そのほか」を加える。

7  同一三枚目表二行目の「六月ころ」の次に「(ただし、前記のとおり同年三月八日から五月末日まで欠勤。)」を加え、同三行目の「株券等の運搬作業」から同七行目の「負荷」までを「いずれも、上肢を比較的単純かつ反復継続して動かすものであり、なかでも株券や債券を数える作業は、その用紙が紙幣などと比べてみてもかなり大きく、かつ厚い上、証券を把持したまま手首を繰り返して動かすという動作を必要とするものであって、第一審原告はこれらの作業に従事し、そのため一日のうち数時間にわたって、手指や上肢、肩に一定の負荷(殊に繁忙期には過重な負荷)」に改め、同九行目の「主訴」の次に「(社会保険中央総合病院整形外科に受診するまでの間)」を加える。

8  同一三枚目裏一行目の「ないこと」の次に「(第一審原告が右作業に従事するようになる以前から同じような症状を呈していたことはなく、むしろ右作業を開始して暫くの間はこれを訴えるようなことはなかったものの、約六年経過した後である昭和四五年に医務室の整形外科で受診した際に訴えるようになったものであることは前判示から明らかであり、しかも、右の症状を訴えるようになった時点ないしその直前において、第一審原告が従事していた業務以外の要因により上肢に痛みが生ずる原因と考えられるような負荷が加えられた形跡は、証拠上これを窺うことはできない。)」を加える。

9  同一三枚目裏三行目の末尾の次に「なお、第一審原告は、第一審被告が労働基準法六一条に違反して第一審原告を長時間の残業に就かせていた旨主張し、前掲各証拠によれば、繁忙期においては相当時間の残業が行われ、それが第一審原告の上肢に対する過重な負荷となっていたことを推測することはできるけれども、甲三四は、その作成経過及び記載内容の信用性に疑問が残るので、これにより残業時間数が第一審原告の主張するとおりであると認定することはできない。」を加える。

10  同一三枚目裏四行目の「五八」の次に「、六六、六七、乙四八ないし五一、原審証人田中守、同本間光正、当審証人安達隆、同内西謙一郎」を加え、同一四枚目表一行目から次行にかけての「証人本間光正」を「原審証人本間光正、当審証人内西謙一郎」に改める。

11  同一四枚目裏一行目の「昭和四六年」の次に「三月初旬から欠勤し、同年」を、同五行目の「基づくもの」の次に「(なお、当審証人内西謙一郎の証言によれば、閉経時期以前でも四〇歳を過ぎると女性ホルモンの代謝異常が徐々に進んで来ることが認められる。)」を、同六行目の「証言していること」の次に「(右本間光正証人は、昭和四七年二月以降、第一審原告を診察した医師として、その症状を直接的に把握し、業務との関連をも検討した結果に基づいて意見を述べているものであり、その証言には格別不自然、不合理な点は存しない。これに対し、当審における証人安達隆は、手根管症候群も頸肩腕障害の一つの症状として第一審原告の従事していた作業に基づくものである旨述べている。確かに、第一審原告が日本橋支店から本店人事部に異動した前後において呈した各症状はいずれも上肢に現れたものであり、その関連性を全く否定することはできないと考えられるけれども、手根管症候群は日本橋支店における作業に実質的に従事しなくなった昭和四六年三月から約一一か月間経過してから生じた症状であり、しかも、その間第一審原告は、約三か月にわたって欠勤したり、同年六月からは以前よりはるかに軽易な作業に従事していたのであるから、これと日本橋支店当時の本件各症状とを同視して、ともに同支店における業務に基づくものとみることは困難である。なお、当審における証人内西謙一郎も、基本的には本間光正証人と同一の見解に立っている。)」を加える。

12  同一四枚目裏一一行目の「原告が」から同一五枚目表一行目の「症状についても」までを「第一審原告が前記保管業務を休み、次いで三井銀行本店人事部に異動してから後の症状については」に改める。

13  同一五枚目表一〇行目の末尾の次に「なお、この点についても当審における証人安達隆は、業務との因果関係を肯定し得る旨述べるけれども、前同様の理由によりこれを採用することはできない。」を加える。

14  同一五枚目裏一〇行目の「昭和四六年六月ころ」を「昭和四六年三月初めころ」に改め、同一六枚目表一行目の末尾の次に「この点に関し、第一審被告は、本件当時、第一審被告及び他の金融機関において第一審原告と同様の業務に従事して同じような症状を呈した者はいなかった旨主張するけれども、前掲各証拠によれば、その当時既に頸肩腕症候群については職業病の一つとして企業にとっても重大な問題となっていたのであり、本件各症状と業務内容についてもこれと同質の問題として捉えることができるのであるから、第一審被告にとって全く予見不可能な事態ということはできない。第一審被告の右主張は、第一審原告の就いていた業務が過重なものでないことを前提とするものであるが、前判示のとおり第一審原告の業務は、一定の部位に継続的に負荷を与える性質のものであり、しかも繁忙期においては相当時間の残業が行われ、それが第一審原告の上肢に対する過重な負荷となるような状況にあったのであるから、第一審被告にとっても予見可能であったということができる。また、第一審被告は、昭和四〇年代の前半以降、健康管理制度及び人員配置等の実際面において第一審原告に負担がかからないように十分な配慮をしていた旨主張するが、第一審原告が昭和四五年八月に医務室の整形外科において受診するようになってからの対応が適切とはいえなかったことは、前判示のとおりその後においても症状が必ずしも消退するに至らなかったことから裏付けられているということができ、右主張を採用することもできない。」

15  同一六枚目表一一行目の「一〇〇万円」を「三〇〇万円」に、同一六枚目裏六行目の「一〇万円」を「三〇万円」にそれぞれ改める。

16  同一六枚目裏六行目末尾の次に行を改めて以下のとおり加える。

「六 消滅時効の成否

1  第一審原告は、第一審被告の消滅時効の主張が時機に後れた防禦方法である旨主張するけれども、本件においては時効の成否についての審理により特に訴訟の完結を遅延せしめるような証拠調べを要するものではないので、あえて民事訴訟法一三九条により却下しなければならないものではない。

2  ところで、債務不履行による損害賠償請求権については、具体的に債務不履行の事実が存し、これに基づいて損害が発生していれば、債権者の知・不知を問わず消滅時効が進行するものと解される。したがって、債務不履行についても、不法行為と同様に被害者等が損害及び加害者を知りその者に対して損害賠償を請求することが可能となったときから時効期間が進行することを前提とし、本件の場合、救済措置の適用を受けている間は時効期間が進行せず、救済措置の適用が打ち切られた日の翌日から進行する旨の第一審原告の主張は採用することはできない。

しかしながら、甲四並びに前掲各証拠及び弁論の全趣旨によると、第一審被告は救済措置そのものを適用していたか否かはともかくとして、少なくとも救済措置と同様の措置を第一審原告に施し、昭和四八年上期賞与分及び昭和四九年定期昇給分までは欠勤による控除を行わなかったこと、第一審被告が明確に右措置を取らないことを決定したのは昭和五六年一一月以降であること、第一審原告はそのころまでは救済措置の適用を受けているものと認識していたこと、救済措置には「当該者(または従業員組合)が……民事訴訟の提起を行った場合には上記の救済措置は行わない。」との規定が置かれていることが認められるところ、これによれば、第一審被告の従業員が救済措置の適用を受けようとする限り民事訴訟の提起による解決を控えなければならず、第一審原告にとっても救済措置を適用されていると思っていた昭和五六年一一月ころまでは同様の事情にあったというべきである。このように一方で訴権の行使を妨げるような事情が存する場合には、そもそも消滅時効の進行を停止させることを期待できないのであるから、右期間に時効が進行した結果消滅時効が完成した旨主張することは信義則に反し許されない。そうすると、第一審原告の再抗弁は理由があり、第一審被告の消滅時効の抗弁は採用できないというべきである。」

二  以上の次第で、第一審原告は、第一審被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償金三三〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年八月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきところ、右と異なる原判決は一部不当であるから、第一審原告の控訴に基づきこれを本判決主文第一項のとおり変更し、第一審被告の控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、なお、仮執行免脱宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹宗朝子 裁判官新村正人 裁判官齋藤隆は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官丹宗朝子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例